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いりこだし2(ツー) 心と暮らしのブログ

自らの心の障がいと向き合いながら、暮らしや思うことをブログします。

ギターの弦が切れかかってしまって、、

私は、先月からまたギター練習の休止を決めて今は練習をやめています。その理由としては、ギターの弦がもう切れかかっているからです。昨年の暮れあたりから、ギター練習しながら、ギターの弦の切れかかりを意識し始めて、そのことをネットで調べたところ、こういうことはよくあるとのことです。

 

どうすれば取り換えられるかなと思い、昨年の暮れに、近くにある音楽教室&店にたずねに行ったところ、その当時ある若い女性スタッフさんが、ギターの弦は売っているとのこと、ギターの弦の取り換えはギター担当のスタッフがやってくれるかどうかわからないとのこと。自分でも説明書を読みながらできるともきいて、その時はギター本体を店に持っていかなかったので、まだしばらくは大丈夫かと思って続けていましたが。

日々の時々の練習により、やはり弦6本のうち、金属弦3本とも切れかかりの様子があり、特にそのうちの1本がいつ切れてもおかしくない状況と判断し、先月2月の上旬から休止しそれから2ヶ月近くギターを弾いていません。

  

なので、先日ギター本体を持って約3ヶ月ぶりに音楽教室&店にたずねに行くと、別の中年の女性スタッフさんが対応してくださり、わりと安い取り換え手数料と弦の料金と消費税を払えば、プロの方がギターの弦を取り換えてくれるときき、それをお願いしギター本体をそのスタッフさんに渡しました。いつギターの弦の取り換えが終わるかは、しばらく期間がかかるとのこと。ここ十年以上も弦の取り換えはしていなかったので、今回弦6本すべて取り換えることをお願いしました。

今はもちろん、プロではなく趣味としてやっているので急いでいないと伝え、気長に待ちたいと思います。

 その後、私は書店でギターの教材本を買いました。 

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 父からもらったギターは、アコースティック・ギターという種類の中の、

クラシック・ギターとわかりました。金属弦3本と、ナイロン弦3本です。

 

あとは行動力にかかっていますが、そう簡単なことではありません。

たずねに行った近くにある音楽教室&店では、ギター教室は、個人レッスンはあるとのことで、また別の所にある系列の教室かもしれませんが、とにかくコストが、高すぎる!というハードルが大きいからです。

まあ、心の障がいと向き合いながらの私の歩みとしては、ハードルが高いですが、まだあきらめたわけではありません。

ですが、ギターの弦の取り換え依頼と書店でギターの教材を買い入手したことは、一歩一歩進んでいるなということで。

今後も時間があるときに、過去にネットなどで学んだことも復習しながら、教材本と付属のDVDを見て学ぼうと思います。

  

最近の情報の見方に、気を付けています。

最近は、コロナの情報がテレビやネットなどで多く出ていますが、

私は、情報の見方に、気を付けています。

ニュースや話題などの情報を見たり聞いたりして、予防対策などを意識してすることは、とても大事なことであるなと思いますが、

あまり過度な情報まみれになって、余計に不安が増幅しないように、気を付けています。

今も私は、確認等の強迫性障害と付き合っていますが、菌、ウイルス、汚れ、怖れはそれほどではありません。ですが、今後いろいろと度が過ぎるほどに気にしてしまったりとなると、余計に日常生活が疲れきってしまうなと推測します。

ですから、あまり情報を取り込み過ぎないようにして、私の他事を冷静にこなしているつもりです。今後も、なるべくこの状態が維持できればなと思います。

 

食の小さな幸せを思い、

ミスタードーナツ、おいしいなあと思います。(2) ]をサブタイトルとして。

この間、またミスタードーナツ店で、スイーツ&ティータイムとして、ドーナツとウーロンティーをいただきました。

小さな幸せを思いました。

私の今一番好きなドーナツは、エンゼルクリームです。

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他にも様々なドーナツ🍩や、おかずパイなど、多くの品があり、色々と買いたいとも思いましたが。

もう私は40代半ばに入っていますし、カロリーのとり過ぎのことも気を付けないといけませんから、店内では今回はひとつだけでじっくり味わおうと、おいしくいただきました。

また、持ち帰りとして、オールドファッションシナモンのドーナツをひとつを買いました。  

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私は以前、ランチタイムにも、ミスドのドーナツとおかずパイの2点とコーヒーを店内でいただいたことがあります。 店内で温めもしてくれて、おかずパイもおいしかったです。

また、ちょっとひと休みしたいときに、都会のどこかで、近くにミスタードーナツ店があれば利用したいなあと思います。

 

2020年代が始まり、

今日2020年となり、2020年代が始まり、年月の経つ早さが年をとるにつれて少しずつ早くなっている感じがします。

人々の人生の中で、出会いや別れ、苦しみや楽しみなど、生きていく上でそれぞれあると思いますが。私の場合、不安症や完璧主義思考の癖があり、保守過ぎて苦楽の実感が最近ないまま生活を送って来ていますから、反省するところは反省しなければならないなと思います。

今後も、色々なことをおそれずに、苦楽を共に生活していけるよう頑張り過ぎずにほどほどに頑張っていきたいと思います。そのことを時々、頭の片隅に入れてそれを思い返して客観視できるようになれれば、それらのことにも受け取りやすくなるのではないかなと思います。

私は、40代でありながら、まだ結婚や新しい家庭を持っていない身ですし、子供の成長とか実感ない身ですから、ただ時とともにズルズルとしていると、だんだんとまた不安感が増してくる癖になりがちですので、気を付けたいなと思います。

年々誰もが年をとっていきますが、体の衰えを自覚しながらも、ここでも私がよりよい生き方をと思ってしまいますが、心身の維持をしていくためにも少しずつ鍛えていって、精神的に強くなっていきたいなと思います。

2010年代もあと少し、

2019年もあと残り少しとなり、2010年代ももうあとわずかですが。

私は不安症がある中で、なんとか暮らしています。この先将来はどうなってしまうのだろうか?という思いもありますが。生物はみんな生と死がありますから、その事実から目をそらし、より良く生きたいとか、より完璧にありたいとか、将来も安定に安全にとか思ってしまいますが、、。それはやっぱりちがうんだなと、何度も目をもどし、今を生きる、不安定や苦しみと楽しみとともにあること、全てに完璧はない、常に安定安全はないということを再度認識し、40代を暮らしています。

2008年にあったリーマンショックの影響で、その後多くの派遣切りがあって、私もそれの対象となり同年代近辺の仲間も同じ目にあいました。それから自己責任と言われるまでにも努力を積み重ねたあげくに、、、、踏みつぶされつづけ、過去からすでにあった心の障がいが明るみに出て強迫性障がいを自覚し、定期的通院と薬の服用も2010年代に入ってから向き合うようになりました。

今の私は、もうすっかりクリぼっちにも慣れましたし、ぼっちもそんなにつらくはありません。それでも、時として寂しくなった場合には、都会の図書館に行ったりしています。多くの人々のいる中、共有している中での読書は、寂しさを和らげてくれます。私特有なのかもしれませんが。

今の時代は、スマートフォンが普及し、ゲームセンターから個々のゲームをやっている人もいて。私はゲームはしていませんが。ネットとかで便利になっている面もあれば、やり過ぎによる目の疲れや心身の健康にも影響あったりと、すべてが良いことばかりではないなと実感し、今はゲームをしたいという思いはありません。

来年からは2020年代に入りますが、どんな時代になるかはわかるはずもありませんが。予感と期待としては、空飛ぶ車などの出現や、事故やトラブルを回避したり予期できる技術のさらなる進歩や、地震予知とかができるかできないかとか、リニア新幹線の開通や、ロボットさんが家族の仲間入りとか、歪んだ資本主義と格差はどうなっていくのか。弱い人々も救われるたすけあい共済のような生活支援の社会ができるかできないか。今よりもっと多くの外国人との共生になっていくのか、宇宙人との出会いとか宇宙旅行が出来るようになったり?日本人の高齢化や、子供の減少はどうなっていくのか、とか。

期待と不安と共にですが、ケセラセラ「なるようになる」を思い出し、年越し年代越しに向かっている時の流れを思います。